怖い。
怖い、怖い怖い
辺りを見回しても、そこにいるのは人じゃなくって、



血にまみれた死体、襲って来る巨大な生物達、熱線や電気ショックのセキュリティトラップ達。
私が何故ここにいるのか。
それは、ほんの偶然に過ぎなかったのだ。

私は、研究者になる為に勉強をしていた、ごく普通の一般人なのだ。
けれど本格的な研究者になる為に、経験を積む為にもまずは、様々な研究所のお手伝いさんとして働いていた。
普段から臆病で恥ずかしがり、だからいつも話すときは緊張して声も震え、
それでも熱心に私は頑張っていた。
いつからだろう、私が『震(フルエ)』と呼ばれるようになったのは。
・・・覚えていない。
何せ本名は、幼い頃に記憶の中から抜けてしまったから。
しかし何故、本名だけが・・・??





「あうぅ・・・まま、まだいますだぁ・・・・・・」
過去の事を思い出してる場合じゃなかった。
今の私は、この生物実験研究所に住み込みで働いていたのだ。
大きさからして恐らく、大都市が作れる島一つ分はあるだろう。
一週間前に入って来てこの日まで、全く変わりなかったのに。
朝、いつも通り研究者達がミーティングの為に集まる大広間へと向かったら、






その大広間に、
おびただしい量の血の飛び散った後と、同業者『だった』得体の知れない赤い塊が沢山、
そして何よりも、普段からよくよく見ているはずの動物であるネズミ達、
・・・そのネズミ達の大きさが、通常の3倍程はあり、その赤い塊を喰い散らかしていたのだ。
ギロリとこちら側を見たネズミ達だが、私は持ち前の逃げ足の速さで咄嗟に扉の影に隠れていた。

「はは、早くこの場を立ち去らないと・・・!!」
すぐに私はその場を去ろうとした。
けれど、今度は上空からあまりにも気持ちの悪いカラーリングをした、巨大蜘蛛が降りて来たのだ。
「!!!!」
さっきの巨大ネズミ達に感づかれたらお終いだ。
何とか私は叫ぶのを堪えたが、あと一歩前に足を出していたら、クレーンのように捕まっていたに違いない。
一心不乱に、上空に巣を張り巡らしている何匹かの蜘蛛に接触しないように逃げ出す。






逃げた先の部屋に、特に危険生物は見当たらなかった。
あるとすれば、空の培養ケースが立ち並んでいるだけである。
「ぜぇ、ぜぇ・・・・・・どど、どうしたらいいのですだぁ〜・・・?」
私は私自身に答えを求めるが、もちろん答えが返って来る訳も無い。
「ひひ、一人はっ、嫌ですだぁ〜・・・っ」
こんなところで泣いても仕方が無いのに。
けれどこのまま研究所から脱出出来なければ、いずれ私も襲われてしまう。
しかもこの研究所、セキュリティトラップがさっきから作動したままなのだ。
外に救援を求めたところで、そのトラップを掻い潜りながらさっきのような恐ろしい危険生物と戦うような、
そんな高等無芸な事が出来るような人達は、今の世には全然いない。
・・・150年前、剣や魔法が普及していた時代にならまだ希望が持てたかも知れない。
だが、世界が平和となってしまった今、もはや剣や魔法なんて絵空事となってしまっていたのだ。



「・・・わわ、私にも・・・そんな力があったら・・・」
『お困りのようだね、そこのあんた』



いきなりの声に、私は声をあげて驚いた。
幸い、部屋の中は危険生物が一体もいなかった為、襲われはしなかったが。
「だだっ、誰ですだっ・・・!? ・・・女の人の声・・・?」
けれど出来るだけ外を徘徊してる生物達に気付かれないよう、小さな声で返答する。
『んー・・・ま、女と言えば女かしらね。
 それにしても何だか研究所内が騒がしいわね・・・生物兵器達が暴れ始めたのかしら?』

どうやら声の主は私に対して特に攻撃意識は持っていないようなので、少し安心する。
それでも私は、警戒を決して怠らない。
「せせ、生物兵器・・・、あれは、この研究所で改造されたものですだ・・・?!」
『そーいう事よっ・・・あんた、研究所の大まかな事を全然知らない新入りでしょ。
 まぁ察するに、ソイツらに追われてここまで逃げて来たのよね?』

「そそ、そうですだ・・・あ、あんなの、太刀打ち出来ませんだ・・・」
大体、あんな巨大ネズミや蜘蛛なんて生まれて初めて見たものだから。
対処法が分からない以上、逃げるしか手は無かった。



「とと、ところでっ、さっきから君はどこから話してるのですだっ?」
『培養ケースの中に、液体が入ったまんまのやつが1つあるでしょ? その中からよっ』
その声と共に部屋の中を見回す。
確かに沢山ある空の培養ケースに紛れて、何度も見慣れた薄黄緑色の培養液が入っていたケースが。
「・・・? けけ、けれど・・・中に何も入っていませんだ・・・??」
普通培養液と共に何かしら生物か物体を入れているはずなのだが、液体しか入っていない。
『あたしは精神寄生生物なのよ。
 ま、生物って言うにはアレだけど、実体はここの研究所の主が作ったスコープでしか見れない。
 ・・・最も・・・、そのスコープは多分破壊されてるでしょうね』

「? どど・・・どういう事ですだ・・・?」
スコープが破壊されてる事を、何故培養ケースに入れられているのに知っているのか。



『研究所の主がね、作動させちゃったのよ・・・カービィ型生物兵器製造の、人造カービィ。
 それでその主の、ケースの中に響く程の断末魔が聞こえたのよ。
 皮肉よねぇ・・・、カービィを生み出すカービィにカービィが殺されるだなんて。
 それで多分、その人造カービィが手始めに生物兵器達を開放したに違いないわ。
 一部の、あたしみたいにケースの中に入ってるやつとかは別として』




ということは、実質この研究所には私以外に生き残りはいないのか。
現状にますます絶望してしまい、考えるのも嫌になって来た。
「そそ、そんなぁ・・・、私は、どうすればいいのですだぁ・・・? ぐすっ・・・」
既に生物兵器達が研究所内部のあちこちをうろついているのに、そんな状況で生き延びる事なんて。
逃げ続けていても、疲労や飢餓で倒れてしまうだろう。
『・・・ねぇ、ちょっとした賭けに出ない?』
「ふぇ・・・?」
どうする事も無く泣いていた私に割り入って、彼女はこう言ってきた。

『さっきも言ったけど、あたしは精神寄生生物、つまり、あんたに取り憑いて体を共有する事も可能。
 ・・・あたし一応武器の取り扱い方とか知ってるのよね。
 何度も実験で色んな奴に取り憑いてたから』

「とと、取り憑いてたって・・・、それでよく暴れなかったですだ・・・?」
『別にー? あたしは他の奴に取り憑ければ何でもよかったのよ。
 ケース詰めで窮屈なの嫌だったし、だからと言って他人殺したりしたらそれこそ封印モノよ。
 ・・・ま、生物兵器を銃で撃ち殺すのはアレだったけど』

何だか話が長くなってしまったが、ようは自分の体に彼女が取り憑く事でお互いを助け合う。
ヤドカリとイソギンチャクの共生の如く、生き延びようと言っているのだ。
「・・・・・・」
『で、結論は?』
「・・・、わわ、わかったですだっ! その話、乗ったですだ!」
『よぉしっ・・・そんじゃあいくよっ!』
その声と共にケースが突如割れ、中の培養液を思い切りかぶる。
培養液の中に、何か物体と触れるような感触があった。
それは直後、体の中に直接しみ込むような感触へと変わり・・・・・・、






「・・・寄生完了」
『わわ、私が喋っているですだ!?』
自分の体であるはずなのに、意思に反して口が開く。
というより、今の私は無重力空間に浮いているような間隔がした。
「・・・って、ちょっ・・・これメガネ・・・?
 あたし別に視力悪くないから、今は一応これ取っておくわよ」
『わわ、は、外しちゃ見えなく・・・・・・あれ?』
彼女がメガネを外すが、今の私の視力が変わる事は無かった。
どうやら、記憶と言うか感覚が保存されているらしく、普段通り物がよく見える。
外されたメガネはとりあえず帽子の丸い部分、物入れへと入れられた。



「一応五感はあんたも感じているだろうけど、実際手足が動かせるのはあたし側だからね。
 例えばどんなにあんたがしゃがむように力を入れようと、しゃがむって動作が出来るのはあたしだけ。
 それと、もしあたしと交代したいなら何か返事をかけて。
 交代のスイッチは、あたしがスリープモードになったらって事になってるから」




何だか難しいことを言われたが、大事な事なのできっちりと頭に刻む。
というより、こういった記憶は果たして共有されるのだろうか?
『わわ、わかったですだ・・・覚えておくですだっ』
「あーそれとあと1つ、あたし長時間体を動かすのには慣れてないのよ。
 だから問答無用で1時間したら勝手にスリープするから。
 そうなったら最低でも15分は休憩が欲しいのよ、覚えてて」

『え、え・・・?』

危険な時だというのに、逃げる事しか出来ない自分にその条件はあんまりである。
つまり、生物兵器に襲われている時に強制的に1時間経ったら・・・・・・。
「ま、そーいうわけだから、生物兵器に襲われてない時くらいはあんたが動いてて欲しいのよ。
 こっちも一応・・・まぁ何・・・? ビジネス? とにかくそーいうわけだからっ」
『だだ、大丈夫ですだぁ・・・?』
何だか私は不安になって来たが、とりあえず1人だけ寂しい思いでいるよりは安心になった。
武器の取り扱いを知っていると言っていたが、自分は全く手にした事がない。
だから、戦うのは専ら彼女の仕事。
そして私は・・・何だろう、逃げる事専門と言うべきなのか?



『そそ、そういえばまだ君の名前教えてもらってないですだっ』
「は? 別にあたしに名前なんか・・・まぁいいわ、
 即席で思いついた名前ってことで『雫(シズク)』って呼んでくれないかしら?」
きっと、漢字の雨冠から思いついたのだろう。
何せ寄生されたときも、培養液を頭から思いっきり被ったのだから。
『しし、シズクですだっ? よろしくですだっ』
「それにしても・・・、あんた変な喋り方するわよねぇ」
『いい、言わないで欲しいですだっ、それに私にも『震』って名前があるですだっ』
「ふぅーん・・・まぁとりあえずよろしくね、フルエッ」






こうして、私とシズクのサバイバルが始まった。



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