「・・・あっけないものだな」
「そう言ってー、ベルゼっちも結構苦戦してたんじゃないの?」
「黙れ・・・、とにかくこれで邪魔をする者はいなくなった」
レミエル、ラファエル、ジブリエルを倒した事を確認した、
アスタルト、ベルゼブル、ルシフェルの3人。

ウリエルとミカエルを通してしまった事は、もはや仕方のない事と腹を括り、
それよりも天界の制圧を優先する事にした。
「てめぇらのノロいスピードに合わせて飛ぶ趣味はねーからな。
 先に行かせてもらうぞ」
自身の疲れなど全く気にしていない様子で、ベルゼブルがその場をすぐに飛び去る。
「ボク達もあっちも、いよいよ詰めが見えてきたかなー?
 そんじゃ、アスタっちも早く来なよっ!」
続いてルシフェルも飛び立ち、アスタルトだけがその場に残る。



「・・・・・・」
だが、アスタルトはすぐには飛び立たなかった。
待っている内に、ラファエルの手がピクリと動いた。
「・・・くっ・・・・・・」
ベルゼブルの『スパイラルフライト』の斬撃を喰らいつつも、ズタズタに裂かれた傷の痛みをこらえて、
なお立ち上がろうとしている。
だが、明らかに立ち上がれるような状態ではなかった。
「が・・・、ぐぅ・・・!」
口から血を多少吐き出し、再び倒れる。
その様子を見ていたアスタルトが、ラファエルへと近づいた。
「無理をするな、力加減の知らない『ヤツ』と戦ったんだ・・・。
 そんな体で、何をするつもりだ」
「・・・っ、ふざけるな・・・っ!
 貴様ら悪魔に・・・心配されるいわれなど・・・!!」
「・・・無理をするな、と言っている」
アスタルトが、粒よりもさらに小さい、塵のような大きさの電気弾を出す。
その電気弾はゆっくりとラファエルへと浮遊し、『パチッ』という音ともに弾けた。
殺傷力は無かったが衝撃は強かったらしく、ラファエルは再び気絶した。
「ラ、ラファエルさん・・・っ」
「くぴぃ・・・」

いつの間にかジブリエルもレミエルも起き上がっており、アスタルト達の方を見ていた。
「・・・放っておいても、恐らくその者は私たちを追ってきただろう。
 だから、少しの間眠ってもらう事にした。
 その者・・・ラファエルの事は、お前達が看ておけ」
「なっっ・・・ど、どういうことですかっ」
抵抗しようとはしなかったものの、アスタルトに疑問を問いかける。

「・・・サターン様は、ただ復讐をする事だけで、天界に戦争をしかけたのだろう。
 だが、その復讐の犠牲は・・・何も天界の天使達だけではない」
確かに、アスタルトの言う通りだ。
サターンが戦争を仕掛けた事によって向かって行った悪魔達の中にも、天使に迎え撃たれて犠牲となった者がいる。
一方的に、天使達が犠牲となっている訳ではなかった。
「・・・だから私は、この戦争が出来る限り早めに終わりたいと願っている。
 そこの天使の赤子・・・レミエルと戦う事で、私はわざとミカエル達を先へと通した」
「・・・・・・」
ジブリエルは、何も言えなかった。
レミエルも、目の前で喋っているアスタルトに対して抵抗をしなかった。
ただ分かる事は、このアスタルトという者はそれほど、天魔界戦争を良くは思っていない事。

「・・・私達が天界の宮殿へと侵攻し、ミカエル達もまたサターン様の城へと向かっている。
 つまり、双方とも時間の問題という事だ。
 あとはお互いそのリミットまでに、どれほどまで犠牲を少なく出来るか、だな・・・・・・」
アスタルトがそう言い残し、ルシフェルとベルゼブルを追うために空を飛び去って行った。



「・・・レミエルちゃん」
「・・・・・・くぴ?」
「これは・・・私達3人、完全に負けちゃったね・・・」
抵抗出来なかった。
反論も、言えなかった。
残虐非道で戦闘力に長けたベルゼブル、何事もお遊戯にしか考えていないルシフェル、
そして密かに戦争の犠牲を少なくしようと考えているアスタルト。



天界の天使達にとって、この3人が相手では分が悪かった。






「・・・・・・全滅か」
一番速く、天魔界を繋ぐ穴へと到達したベルゼブル。
そこで見た物は、無惨にも倒れていた多くの天使達。
当然その中に、あのカイレルとハーネルの2人もいた。
「まぁいい・・・、ここまでくれば目的地も近い。
 ・・・正真正銘の、魔界の悪魔准王となるのはこのオレだっ!」

「一瞬だけベルゼっちの姿を見たけど、もう入って行っちゃったかぁ・・・。
 ・・・ふふふっ、天界を支配したら毎日ウリエルに会えるんだよねっ。
 楽しみだなぁーっ」
少し遅れて、ルシフェルも穴の中へと入る。



「・・・天界へと戻るには、この穴を通って行くはずだ。
 あのアムラエルという天使が、この者達を放って行くはずが無い。
 恐らくは、アムラエルが通った直後にやられたのだろう・・・」
アスタルトは穴を通過する前に、カイレルやハーネルの体に近づいた。
「・・・死んでは、いないな」
心臓の鼓動する音は聞こえた。
そして、別のとある方向へと顔を向ける。

「隠れている暇があるなら、手当てでもしたらどうだ。
 もうこの穴へと近づく者は、恐らく私で最後だ。
 ・・・ミカエルがサターン様の城へと向かっているからな、
 並の悪魔軍達はそろそろ、この穴へはもう近づいては来れないだろう」
そう言うと、アスタルトも穴の中へと入って行った。



「・・・班長、あの者は一体・・・」
「・・・私にもわからない。
 ただ、あの者が言った言葉が嘘だとは、あまり思えない・・・」
アスタルトが飛び去って少ししてから、アスタルトが顔を向けた方向にあった物陰から、
レミエル達を機械手術したあの救護班の天使達が姿を現した。

「・・・ミカエル様・・・、どうか、この戦争を終わらせて下さい・・・。
 我々天使達は、あなたを心から祈っていますから・・・」






「・・・! 見えてきました!」
まだ、ポツンと小さいながらもうっすらと見えた影。
間違いなく、それはサターンのいる魔界の中心の城であった。
「ウリエル君、サポートの準備をっ」
「了解です!」
サターンの城へとたどり着くには、この巨大な湖を通るしか無い。
その湖の中からも、水中に適応した悪魔軍達が潜んでいた。
「こんなにもわかりやすい奇襲、今までにありましたっけっ」
「いや、無いですねっ!」
炎の弾と土の矢で次々と撃退して行く2人。
湖の超ど真ん中付近、城の影もハッキリと見えてきた所で、






「・・・ちょっと早いご対面、だな」



戦争を引き起こした張本人が、姿を現した。
「っ!?」
「サターンさん・・・?!」
彼の城にはまだたどり着いてもいないのに。
まさかこんな場所で本人とご対面するとはと、2人は予想もしていなかった。
「・・・・・・」
すぐに攻撃態勢には入らず、普通の体制に立て直すミカエル。
「・・・サターンさん・・・、あなたは一体何を思って、
 こんな戦争を始めたのですかっ」
「・・・ミカエル、お前は昔のオレの事を忘れた訳じゃないだろう。
 魔界だけでは飽き足らず、天界にも喧嘩ふっかけたオレの事を。
 ・・・その時、あのメタトルムに完膚なきまでに叩きのめされて、
 オレは心底悔しい思いをしたさ」
今、サターンが魔界の視察長をしているのも、悪魔王であるのも、
全てはメタトルムの計らいによるもの。
確かに、サターンの肩書きは『悪魔王』だ。
だが成り行きはというと、敵対視していた天使の情けから。

「情けでなれた悪魔王の地位なんて、誰が喜ぶものかよ・・・。
 あのバーヴィルが、悪魔も天使もひっくるめて大量殺戮を起こしたのは予想外だったが、
 そのおかげで奴、メタトルムは今この天魔界にはいない」
次第に、サターンの周りの空気が少しずつ暑くなってきているのが分かった。
サターンの能力は、熱量を高める能力。
ミカエルと同じ、『火』の属性を持った悪魔なのだ。

「あとはミカエル、現在の熾天使最高位総束長さえ倒してしまえば、
 天界を制圧したも同意。
 そして、天界の宮殿もそろそろ悪魔軍達が侵攻している所だろう。
 ・・・そうすれば・・・今度こそオレは『悪魔王』になれる!」
「・・・っ、話は、それだけなのですか・・・!」
ミカエルの頭に乗っていた天秤がカタカタと震えており、
今すぐにでも傾きそうになっていた。
「この戦争のせいで・・・レミエルちゃんは負傷して、
 ラファエルちゃんも悪魔に対して信用を失って、
 ウリエル君もジブリエルちゃんも、慣れない戦いに負担をかけて・・・!!」
「その説教は、こんな何も無いような湖では聞きたくはねーなっ」






グォオオオオッッッ!!



湖一面に、禍々しい巨大な咆哮が響き渡った。
「な・・・っ・・・!?」
その咆哮に、ミカエルは溜まっていた怒りを忘れ、
代わりに驚愕した。
「こ・・・・・・の、声は・・・!?」
「ミカエル・・・お前はどうやら、40000年以上も生きているんだって?
 ・・・だったら、その40000年位前に封印されたこいつの存在、
 知らないはずも無いよな・・・?」

まさか、そんな。
この咆哮は覚えている。
私が生まれて間もない頃、ラジエルちゃん達も、
ましてやメタトルム様まで生まれていなかった頃に何度も聞いた、あの怪物のような唸る声。




「丁度、オレのいた城の地下深くに封印されていたんだよ。
 ・・・目覚めた時の巨大な咆哮で、何かもオマケに復活しちまったが。
 まぁ、こいつさえいればどうにでもなるだろうからな、
 そっちの方はまた地獄の方へと送ってやったよ」
「あの造魔と・・・もう1人・・・?」
ミカエルは咆哮の主は知っているようであったが、
その地獄送りとなったもう1人の存在は、全く知らなかった。

「ミ、ミカエル様! あの咆哮がどんどん大きくなってきてます!」
はっ、と我に返ったミカエルは、湖の水面へと顔を向けた。



グァアァオオオオッッ!!



「さぁて、長い空白の時間を埋め尽くす時間だぜ!
 造魔・『レビアザン』!!!」



「ガァァウウウウッッッ!!!!」



湖から、咆哮の主のレビアザンが、姿を現した。
同じ『カービィ』の体を持っているはずなのに、爪と指、長い腕が生えており、
一瞬それは、カービィでも何でも無いただの怪物にしか見えなかった。
「レビアザン、暴れ尽くせ!!
 まずはそこにいる2人の天使がターゲットだっ!!」
「ガオォォウ!!」
長い腕があたかも飛行機の翼であるかの如く広げながら、レビアザンは高速で飛んできた。
「う、うわっ!?」
「くっ・・・サターンさん、まさかレビアザンを復活させるだなんてっ・・・!」
ウリエルは、ミカエルがレビアザンを知っている事は知らなかった。
自分が生まれる前の遥か昔の天魔界。
ミカエルが階級を持っておらず、ただの天使だった時。
魔界には、このレビアザンという造魔がいたのだ。

「ミカエル様っ、『造魔』って一体・・・!?」
「・・・レビアザンは、サターンさんが悪魔王となる前・・・いえ、
 メタトルム様が生まれ、私と2人で天界も魔界も管理していたときよりも前に、魔界に送られた悪魔。
 ・・・『神』によって造られた、悪魔なのです」



悪魔が?
神によって造られた存在?
冗談にしか聞こえなかったミカエルの発言に、ウリエルの思考が一瞬停止する。
「グォオオオオオッッ!!!」
その一瞬の隙に、レビアザンがウリエルを攻撃した。
「が・・・っ!!!」
弾丸のように飛んできたレビアザンの爪。
貫通はしなかったものの、羽に1つだけ刺さってしまった。
「くっ・・・、こ、これくらい!」
負けじと、ウリエルもレビアザンに対して矢を打ち返す。
砂に変える能力はもはや効いていずとも、矢そのもののダメージならば与える事は出来る。

「っ、ミカエル様!! こいつはボクに任せて下さい!
 ここまで来たらもう少しなんです!
 ミカエル様は、サターンさんを追って下さい!!」
「ウ、ウリエル君っ!!?」
「ラファエルさん達が、あの3人を止めた理由はわかるでしょう!?
 こんな所でボク達2人が、足を止めている暇なんてもうありません!!
 だから・・・・・・!!」

そうだ。
もう、サターンの城は見えている。
サターン本人とだって、先程会ったばかりだ。
あともう少しだ。
サターンを倒すことが出来たら、この戦争は・・・きっと終わる。



「ウリエル君っ・・・、任せましたよ!!」
「任されましたっ!!」
レビアザンが、飛び去ろうとしているミカエルを追おうとした。
しかしウリエルがその進路を先回りし、必死に妨害する。
「お前の相手は、ボクだっ!」
「ガルルルルルッッ!!!」
弾丸のような爪を飛ばした攻撃から、再び飛行機のような両手を広げた構えを取る。
『マリンアームハンドル』!!」
頭の中に、一瞬言葉が聞こえた。
恐らく普通の状態では喋れないため発した、レビアザンの特殊な声波だ。

レビアザンがウリエルの方へと突進し、ウリエルのいた場所で腕を広げたまま回転をする。
竜巻のような強い風が、湖の水を弾のように弾き飛ばした。
「水の弾幕なんて、ジブリエルちゃんやルシフェルに比べたらなんて事ない!」
飛んでくるしぶきの間を縫って、ウリエルは矢を沢山打ち込んでいく。
しかし、レビアザン特有の鱗に覆われた固い体には中々ダメージが通らない。
弱点は・・・恐らく広げている両腕に違いない。
「あの両腕を何とかすれば・・・!!」
「ガルルルァァアア!!」
両腕を攻撃しようにも、高速でこちらに向かってくるレビアザンと、
水しぶきの弾幕を避けるので精一杯だ。
何とか相手を誘導して、攻撃しやすい場所を作らなければ。






「・・・ナフィエルさん、来ましたよ!」
「ラジエル殿、準備はよろしいか」
「いつでも迎え撃てます!
 座天使五千名、迎撃の用意!」
天界の宮殿を守っていたラジエルとナフィエル、そしてアムラエルのもとに、
ついにあの3人がやってきた。
勿論、3人は天界に先に到達していた悪魔軍達と合流していた。



天魔界戦争の終わりは、近い。




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