ミカエルがリルースと戦っていた頃、ウリエル達の方では。
「いよいよ悪魔軍団が来たな・・・」
「悪魔なんてー、このハーネルちゃんの手にかかればお陀仏よっ!」
真っ先に臨戦態勢へと入るカイレルとハーネル。
本来はここにラジエルとナフィエルがいることで熾天使総束長の親衛隊4人が揃うのだが、
ラジエルは戦闘経験の浅さから、ナフィエルは天界に攻め込まれた時の防衛ラインとして、
天界の宮殿に残る事となった。

「レミエルちゃん、ボク達から離れないでねっ」
「くぴぃ・・・・・・」
付いて来てしまったレミエルを、ウリエルとラファエルとジブリエルが囲んで守る。
念のためラファエルは風のシールドを、ジブリエルの水のフィルターをかけていた。
「念には念を入れなければならない。
 ・・・・・・来た!!」
『ギィイイイ!!! 排除ッ! 排除ッ!!』
ラファエルの一声により、悪魔軍と天使達の防衛戦が始まった。
『排除』という単語を五月蝿く連呼する悪魔達が、天使達を見つけた瞬間に弾を撃ち始める。

カイレルはご自慢の2刀流で次々と切り裂き、剣から放たれる衝撃波で遠距離もカバーする。
ハーネルはオプションミラーを巧みに操り、常に相手にホーミングするよう狙う。
後ろでレミエルを守りながら、悪魔軍の流れ弾を弾くラファエルとジブリエル。
ウリエルもハーネルと同じくホーミングする矢を一番後ろから連射していた。

悪魔軍は、何もミカエルが倒し損ねた通り道を通って来た者だけではない。
迂回して来た悪魔軍もいたため、天使族のエリートでもある5人だけでは当然不利である。
周りを援護していた天使軍もまた、自身の能力をフルに発揮して応戦していた。

『排除! 排除!』
『ガァアアアアアッッ!!!』

「ちっ、あまりにも軍勢に違いがありすぎる・・・!」
天使はもともと戦う事に関しては悪魔よりも素人なのである。
それでも今このような状況になった時の為に、天使にもいくつかの軍隊が配属されてるのだ。
カイレルの所属する能天使・ラファエルの所属する主天使、
そしてジブリエルの所属する力天使が、天使軍の配属される階級である。

「だけど魔力を溜めるのが下手な低階級の悪魔達なんかー・・・」
オプションミラーを操っていたハーネルが一度、オプションを全て自分の目の前に集める。
「私達の敵じゃあないでしょっ!? 『魔法の一通鏡』っ!!」
集まったオプションが小粒の砂のようにバラバラに砕け、全ての弾を反射していく。
さらに砕かれたオプションや跳ね返した弾が、その場にいた悪魔軍の大半をなぎ倒していった。
「確かにこんな奴らに我らが倒されるのは恥だなっ、『ホバースティングレイ』!!」
続いてカイレルが2刀に注ぎ込んだ魔力を解放し、別方向から襲って来た悪魔軍を倒していく。

「12時、3時の方向は倒した! 6時の方向は!?」
あらかた倒したカイレルとハーネルが、ウリエル達の方を見る。
しかし親衛隊の階級長とは違い、一般階級のウリエル達には3人掛かりでも苦戦していた。

「まだ沢山います! 『星砂の小波』!」
ウリエルの放つ矢が、逃げ場の無い列を作って全て真っすぐに飛んでいく。

『明暗を裂く風道(ウィンドライン)』!」
ラファエルは一方向に風を集中させ、強力な槍状の波動を飛ばす。

『シアネスグラビティ』!」
ジブリエルを纏っていた水のフィルターの円面積が増幅され、触れた悪魔達を浄化していく。


魔力を存分に放出して3人は悪魔軍を倒していっていたものの、
ラファエルとジブリエルは力の半分を、レミエルを防御する為に使っているため普段より威力が少ない。
ウリエルの魔力は、他の者よりももともと威力が控えめである。

『ギィイッ!!』
魔力を放出した一瞬のスキに、続けて魔力を放出する事が出来ない事を理解していた数体の悪魔が
ウリエル達に無数の弾を飛ばして来た!
「っ・・・!!」
魔力を放出した後も休んでいる暇はなかった。
放たれた弾を相殺するために、3人は個々の属性弾を撃ちつづける。



だが。



ドゴォンッ!!!

「!!!」
悪魔軍の放った弾は変則軌道によって大きくカーブし、
ウリエル達の丁度真後ろにいたレミエルに直撃した!
「レ・・・、レミエルッッ!!」
一度に出せる弾数が少なく、弾速型であったラファエルが攻撃をいったん止め、
地面に倒れかけるレミエルを寸前の所で抱える。
「く・・・・・・きゅ・・・・・・?」
両手、両翼、そして左目に弾が直撃したらしく、血を流してすでに損傷していた。
手と翼は焼け焦げ、目に至っては完全に壊されていたのだ。
「救護班っ! レミエルがやられたっ!! 至急処置を頼む!!」
「・・・きゅ・・・・・・あ・・・」
一瞬何が起こったのか分からなかったレミエルは、そのままの状態で救護班に運ばれていった。
自分の身が損傷した事に気付いたかもしれないが、何故自分がそうなってしまったのか、
きっとそのショックは計り知れないものであろう。

「ラファエルさんっ! レミエルちゃんは!?」
「今救護班が運んでいった所だ。
 私のシールドとジブリエルのフィルターのおかげで命は落とさなかったが・・・・・・」
悪魔軍の思わぬ攻撃でレミエルを傷つけてしまった。
それも、ケガという軽いレベルではない。
生身の手と翼を両方失い、なおかつ物を見るのに欠かせない「目」を1つ失ったのだ。

「・・・悪魔めっ・・・!!!」
ラファエルの怒りはすでに限界に近かった。
もともとバーヴィルの件でメタトルムが行方不明になってしまった時から悪魔を忌み嫌っていたのだ。
そして今度はレミエルを傷つけられ、我慢出来ずにはいられなかった。
「ラファエルさん・・・」
怒りと言うものとは無縁に等しかったウリエルとジブリエルは戸惑った。
天使と悪魔の2つの種族が存在してこその天魔界であり、必要であったはずの世界。
だが今はどうなのだ?
天界を支配しようとしている悪魔は、天使にとっては必要的な存在なのか?


「ウリエル! ジブリエル! ボーッとしてるヒマは無いぞ!!」
カイレルの一喝によってハッと気を取り戻す2人。
あれこれ考えている間に、ラファエルはもうすでにカイレル達とともに戦っていた。
失礼な言い方であるかもしれないが、レミエルを守っていた分の力を自身に戻したおかげで、
彼女は本来の力を取り戻していた。
「傷ついたレミエルを救護班が対処しているんだ! 今度はその彼女らを守る!
 我らは我らで、今ここに向かって来ている悪魔軍を倒すのが優先だ!!
 ミカエル様が命令で、そう仰っただろう!!」

そうだ。
考えて立ち止まっているヒマがあるなら、戦って守らなければならない。
ウリエルとジブリエルは互いの顔を見て頷き、直後、援護攻撃を再開し始めた。






「可哀想に・・・ジブリエルさんとラファエルさんのガードで助かったとは言っても・・・」
「完全に手も翼も左目も・・・治療は不可能ですね・・・」
救護班は、重傷を負ったレミエルを応急処置していた。
本格的な治療も考えていたのだが、ダメージはあまりにも大きすぎた。
「止血はしましたが、レミエルちゃん・・・意識はあるのでしょうか?」
「く・・・ぴ・・・」
気絶はしていなかった。
だが、無傷の右目は閉じてはいなかったとはいえ、完全に見開いていたのだ。
これは本当に、「意識がある」と言えるのだろうか。
「しかしどうしましょうか・・・レミエルちゃん、このままでは手も翼も無いままに・・・」
「・・・止む終えない」
救護班長と思われる1人の天使が、何かを決した。

「応戦出来るよう機械手術をし、復活させるしか無い」
「!? ほ、本気なのですかっ!?」
「応戦出来るよう・・・って、この戦争にレミエルちゃんを参加させる気ですか!!?」
レミエルを運んで来た2人の救護班が反論をする。
今先ほど悪魔軍の攻撃を受けて損傷したレミエルを戦場に再び行かせる、
正気の沙汰ではないと思い、班長を攻める。
「数だけでもあの差なんだ! 今は1人でも数を増やさなければならない!
 ・・・無情だと思ってもいい、が、戦場はこれが真実なんだ・・・!」
本当は自分だってそうしたくはないが、あの状況ではいつ天界に大勢の悪魔が侵入するか。
メタトルムが不在であり、現総束長のミカエルはこの戦場の一番先頭にいる。
ならば侵攻してくる悪魔軍をいち早く倒して、ミカエルのバックアップに徹するのが得策だろう。

「・・・・・・」
「異論は?」
「・・・ありません・・・・・・」
ついに救護班は諦め、レミエルの手術に協力する事となった。





手術を受けている間、レミエルの心の中は混乱していた。





[なんで?]

[さっきまで みえていたところ みえない]

[せなか いたい て いたい]

[いたい いたい いたいだけじゃない このかんかくは?]

[てが うごかない くち うごいてるはず こえ でない]

[いま れみえる どうなってるの]

[いたいの ちいさく なってきた でも まだいたい]

[へんなおとだけ きこえる きもちわるい]

[かちゃ かちゃ がきん じじじ]

[なんのおと わからない]


[あくまは はいじょ っていってた]

[はいじょ ってなに]

[はいじょ こうなるの?]

[いたくなるの? ひどいよ ずるいよ]

[れみえる こうなったのに あくまは はいじょ してない]

[ゆるさない あくまは あくま わるいやつ]

[はいじょ してやる はいじょ]



[はいじょ]






「翼の機械化も完了です・・・両手は、完全に武器になりましたが・・・」
「レミエルちゃんは、雷のような色をしているとミカエル様が仰っていた。
 だから・・・・・・」
天使の羽とは思えない鈍色の羽と、半田鏝を思わせるような槍状の手を装着されていた。
「あとは目・・・だが、義眼はどうするか・・・」
水晶体や網膜まで完全に破損していた目は視力を戻す事は無理だったため、
せめて義眼を付けるべきかと悩んでいた、
その時。


「く・・・ぴ・・・・・・ぃ・・・」
「! レミエルちゃん、気がつきましたか?」
「・・・きゅ・・・・・・」
ここまではいつものレミエルだった。
赤ん坊のようにまだ言葉を余り知らず、擬音のような言葉を出していた。
「・・・・・・は・・・・・・」
しかし、
「・・・『排除』・・・・・・」
「・・・え」

レミエルの口から、意外な一言が。
「・・・排除・・・くぴ・・・・・・」
そう言いながら、機械を装着させられて間もないはずのレミエルは、
あたかももう既にリハビリを終えたかのように、いとも簡単にムクッと起き上がる。
「レ、レミエルちゃん・・・!?」
救護班の言葉などまるで聞こえてないかのようだった。
少しの間ボーッと立ち止まっていたレミエルは、
あの悪魔達と同じように『排除』の単語を繰り返し呟いていた。
排除・・・排除・・・・・・」
「まさか・・・あの悪魔達の言葉を・・・?!」

「・・・くぴ・・・っ・・・排除・・・・・・!
 排除排除・・・・・・排除っ!!!
最後に放たれた一言は今までよりも力強かった。
それと同時に救護班の建てていた簡易テントから、高速で魔界の空へと飛び立っていく。
「な!? ど、どこへ行くんですか!!? レミエルちゃん!?」
救護班の言葉も空しく、あっというまにレミエルの姿は見えなくなった。
「は、班長・・・レミエルちゃんは一体・・・!?」
「・・・私にも詳しくは・・・わからない。
 ただ、レミエルちゃんは・・・想像を絶する程の『憎悪』を持っていた・・・。
 ・・・・・・そう、感じたが・・・」





ミカエルがカーリムと戦っていたその頃、
魔界の軍勢と戦っていたウリエル達は少しずつ不利な状況へと追い込まれていた。
低級とはいえ、戦闘能力が比較的高い悪魔が少しずつあらわれて来たからである。
「くそ・・・! 最初のやつらとは大違いの弾数だ!」
休む事も出来ないまま天魔界歴で2日半も戦っていたことで、親衛隊のカイレルとハーネルさえも
すでに息を切らしており、ウリエル・ラファエル・ジブリエルは魔力の底をついていた。
「いくら私達の時間で3時間半程とはいえ・・・これはキツいな・・・」
ラファエルは魔力が尽きても戦い続けていたが、
一度に放てる弾数の少ない彼女は悪魔を倒し損ねるケースが多すぎた。
その倒し損ねた悪魔を、ウリエルとジブリエルが何とか迎撃する事で撃破は出来ていたものの、
既に体に限界が生じていた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・!」
「ジブリエルさんっ、しっかりっ・・・!」

ウリエルは雄の個体であるためか体力的な問題は無かった。
だがジブリエルは雌の個体であってなおかつ、ウリエル達とは違って水気が常時必要であった。
魔界の地のように水気の少ない乾燥したような地域では、
レミエルを守っていたような水のフィルターを常時纏っている必要があったのだ。

ちなみにもとより天使族は雌の個体しかいず、それに反して悪魔族は雄の個体しかいないのが
天魔界の常である、そのはずだったのだ。
だが突然変異や魔力の乱れによって、生まれてくる天使と悪魔に逆性の種族が発見されるケースもあった。
昔の天魔界では『異端』・『災厄の象徴』ということですぐに処分されていたが、
現在ではそのケースも珍しくなくなってしまい、処分される事は無くなった。
ウリエルの場合は、メタトルムが処分せずにそのまま彼を認めたため生き延びたのだが。


「ジブリエルッ、お前はラファエルやウリエルと違って長期戦には向いてないっ。
 我らもまだ何とか耐えているから、今のうちに休憩を・・・!」
カイレルが悪魔の攻撃を必死に押さえながらジブリエルを説得していた。

「カッ、カイレル! レーザー来たよっ!!」
「!!?」
突如目の前が眩しく光る。
今までの小弾の嵐だけではなく、無数のレーザーが放たれたのだ!
(こっ、これは我らの弾では相殺出来ん・・・!)


「・・・排除!!
この言葉を聞いた時、悪魔についにやられてしまったかとカイレル達は悔しみ、
一瞬諦めかけて目を閉じた。


『ギ、ギィイイイイイッッ!!!』
「!?」
しかしその『排除』の言葉を発したのは、悪魔軍の方ではなかった。
よくよく思い出してみると、その声は悪魔のような重低音で野性的な声とは違う、
まるで赤子のような高い声をしていた。

「悪魔軍が・・・焼け焦げている?」
目を開けた時、カイレル達を襲っていた悪魔達はほぼ全て黒こげの炭と化していた。
そして、その目の前にいたのは。
「・・・黄色い・・・体・・・・・・!?」
「レミエル・・・!!?」
背中を向けていたがそこにいたのは紛れも無く、レミエルであった。
だがその翼は機械特有の鈍色を放っており、両手もまた槍状の形をしていた。

「・・・くぴっ・・・・・・むー・・・」
レミエルがウリエル達の方を向く。
損傷した左目には義眼がはめ込まれていなかった。
そのまま窪みとなっていて、中に何かが入りそうな感じであった。
「レミエルちゃんが・・・さっきの悪魔達を・・・?!」

『ギィイイイ!!!』
「っ、まだ悪魔達が!」
あまりまともに動かない体でラファエルがすぐに攻撃態勢を構えようとしたが、
それよりも前にレミエルは槍状の両手を前に突き出した。



「きゅ・・・排・・・除・・・、・・・排除!!
『排除』の言葉を発して悪魔達に狙いを定めたらしいレミエルは、
両手から黄色く弾け飛ぶ眩しい閃光を放つ。
まさにその閃光は、『雷』そのものであった。
『ギ、ギャ、ギャアアアアアアッッ!!!!』
放たれた雷は、襲いかかって来た悪魔を先ほどと同じように感電させる。
その電圧・電力・電熱量は計り知れず、全てを黒い炭へと変えていった。

『ガ・・・ガアアア!!』
恐れを成したのか、残った悪魔達は一目散に素早く逃げていった。
「・・・・・・なんとか、守りきれたのか・・・」
「・・・くぴっ」
『排除』という単語を発していたレミエルではなく、いつも通りの口調のレミエルがそこにいる。
ウリエル達はレミエルに近寄り、さっきの迎撃でケガをしていないか心配した。
「レミエルちゃん、大丈夫なの・・・?」
「・・・きゅー・・・」
やはりいつも通りだ。
だがさっきの光景を間近で見てしまえば、誰しもが疑ってしまうだろう。
こんな小さな天使が、3人掛かりでも苦労していた悪魔の軍勢をなぎ倒したのだから。
「『雷』の自然属性・・・? いや、これは機械の力なのか?
 ・・・だが、機械の電撃ではあそこまでの威力は無理だ・・・・・・
 じゃあ、やっぱり・・・」
ラファエルはラファエルで、レミエルの力の正体を考えていた。
ウリエルとジブリエルはその間に、魔力を必要量取り戻す為に体を休めていた。



「・・・くぴっ・・・」
突如、レミエルが何かに気付いたらしく、ミカエルの進んだ方向を見つめる。
「? レミエルちゃん・・・?」
「・・・排除・・・・・・」
まただ。
悪魔と戦う際に絶対に発する、『排除』の言葉。
つまり、この方向からまた悪魔の軍勢が来ているのだろう。
「・・・ウリエル、ジブリエル、ラファエル。
 ミカエル様の命令は、忘れていないのだろう?」
「カイレル様・・・了解しました」
ミカエルの命令の1つ、『侵攻軍がある程度少なくなって来たら、バックアップとしてミカエルの援護』
今ならばカイレルとハーネルだけでも問題は無い。
ここは親衛隊の彼らに任せて、先にウリエル達がミカエルの援護に行くのが次の行動手順だ。
「レミエルちゃんっ、ボク達は準備OKだよっ!」
「くぴっ」
先ほどの戦いで、レミエルも兵力として数えられる事となった。
ウリエル・ジブリエル・ラファエル・レミエルは今、魔界の空を飛び立とうとしている。




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